フェラーリミニカーコレクション
■ダイドーデミタスコーヒー キャンペーンミニカー F1第1弾

312T2(京商製1/64)
1976年のマシン
カーナンバー1:ニキ・ラウダ
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375F1(京商製1/64)
1951年のマシン
カーナンバー4:ルイジ・ヴィロレーシ
375F1は1950年にデビューしているので、区別するために「375F1/51」とも呼ばれるマシン。
4493cc V12、1気筒あたりの排気量375cc F1規定のマシン。
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D50(京商製1/64)
1955年~1957年まで改良されながらF1グランプリを戦ったマシン。2488cc V8 ネーミング理由は不明。レースから撤退したランチアから譲り受けたマシン。「フェラーリ・ランチアD50」とも呼ばれた。D50でカーナンバー20と言えば1956年にファン・マヌエル・ファンジオがドライブしたマシンとして有名。この年チャンピオンを獲得しました。
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312B(京商製1/64)
1970年のF1グランプリを戦ったマシン。3リッター 12気筒 水平対向ボクサー(Boxer)エンジンの頭文字からネーミング。フェラーリ黄金時代を築くボクサーエンジンが初登場。水平対向ボクサーエンジン(フラット12)と呼ばれることが多いが厳密には180度のV型エンジンである。V12に対して軽量化、低重心化に成功。リアカウル上面をフラットにすることで空力にも貢献。ジャッキー・イクス(カーナンバー3)が最終戦までチャンピオン争いをするが惜しくも2位。

126C2(京商製1/64)
1982年のF1グランプリを戦ったマシン。1.5リッター120度V6ターボ。カーナンバー27は、ジル・ビルニューブ事故死のマシンとしてあまりにも有名。安全基準が現在ほど確立されておらず、コックピットが現在より相当前方にある。正面からクラッシュした場合、足に大怪我を負い引退するケースもあるなど危険な時代でした。ウイングカー全盛時代でフロントウイングを装着しないバージョンもある。リアウイングが2枚あるモデルもあり。
1982年のF1GPプレイバックはこちら。

F187/88(京商製1/64)
1988年のF1グランプリを戦ったマシン。1.5リッターV6ターボ。 F1 87年モデルの改良88年モデルからネーミング。F187/88Cとも呼ばれる。87年モデル「F187」はグスタフ・ブルナー設計。ジョン・バーナードがチームに参加し熟成を進めた。88年モデルはバーナードが改良を行ったが軽微なモディファイにとどまった。バーナードは1989年のニューマシン設計に専念していた。カーナンバー28はゲルハルト・ベルガーノマシン。
1988年のF1GPプレイバックはこちら。

F92AT(京商製1/64)
1992年のF1グランプリを戦ったマシン。3.5リッターV12。スクーデリア・フェラーリ最強の駄馬。でもスタイリングは美しいと思う。後半戦に投入された横置き(transverse)トランスミッションを表す「T」が末尾に付く。カーナンバー27はジャン・アレジのマシン。他にイワン・カペリ、ニコラ・ラリーニがドライブ。
1992年のF1GPプレイバックはこちら。

F310(京商製1/64)
1996年のF1グランプリを戦ったマシン。3リッターV10エンジンから命名。前年ベネトンでチャンピオンを獲得したミハエル・シューマッハーがフェラーリに移籍しカーナンバーが「1」になる。ジョン・バーナードデザインのこのマシンは、当初ローノーズでデビューしたが空力的に失敗と判断され、無理やりハイノーズに変更。スタイリング的に破綻している(と個人的には思う)。
1996年のF1GPプレイバックはこちら。

F1-2000(京商製1/64)
2000年のF1グランプリを戦ったロリー・バーンデザインのマシン。3リッターV10。ミハエル加入5年目で遂にワールドチャンピオン獲得。フェラーリ黄金時代幕開けのマシン。カーナンバー3はミハエル・シューマッハーのマシン。
2000年のF1GPプレイバックはこちら。